スキだなって思える人とのクリエイティブは、わたしを自由にする。じぶんをしばらない、身勝手なほどじぶんを表現できるデザインが、世界を変える。

トヨ・マリナ
1990年岐阜県生まれの犬好き女子。
2009年岐阜県の公立進学校を卒業し、2010年に名古屋のお嬢様大学に入学するもつまんなくて半年で中退。
2011年にデザイン系専門学校にて雑誌のデザインと企画・編集を学ぶ。
卒業後、印刷会社を経て編集プロダクションへ。
30社以上のクライアントのクリエイティブに携わり、2020年、コロナショックとともに経済的なピンチな時期にフリーに。

〜主なグラフィックデザイン制作物〜
・世界最大の発行部数の大手新聞社の広告
・著名な大手流通グループのチラシ・専門店のカレンダーデザイン
・角川発行のグルメ・旅、音楽情報雑誌
・有名建築家を招いた建築学生の卒業設計展の書籍
・自分のイラストが採用されたインバウンド向けの観光冊子
・有名アスリートを起用した警備会社の周年誌
・110年の歴史を持つコンサルタント企業のロゴ・記念誌

本当の自由(フリー)なデザイナーとして生きる

私は、

「身勝手なデザインで世の中を変えられる!」

を信念に、本当の自由(フリー)な デザイナーとして生きている。

を活かすため、パラレルワークとしてネットビジネスも並行しています。

SEOを活かした情報発信力で月に70万円以上のキャッシュポイント、自宅やカフェで好きな時間に作業できるスタイル。

お金や時間、にしばられない生活にシフトし、

「あ、フリーのデザイナーってこういうことなんだ!」

と気づいてから、良い意味で身勝手な
のびのびとしたデザイン表現をすること、
それがクライアントや仕事、お金からモテる理由だとわかりました。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◎好きな時に好きな人と遊びに行ける
◎気が向いた時に好きな場所へ旅行にも行ける
◎好きな時間に起きて、ゆったりとした少し遅めの朝食を楽しむ
◎好きな時に仕事して、好きな時に休める
◎やりたいときに趣味のゲームや料理に没頭できる
◎大好きなYAECAの服を値札も見ずに買う
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

でも、

8年前の私は人の顔色ばかりうかがい
自分らしい表現に自信のもてなかったシャイなデザイナー。

控えめで、クライアントに縛られる

『自己犠牲な生き方が正しい』

と思い込んで自分を偽って生きていました。

自分を出さないことが生きやすかった(ラクだった)

「思っていたものと違う」
「最初の案のほうがよかった」
「適当でいいから5案くらい出してほしい」

とかいうクライアントってめちゃくちゃ多いし、ウンザリ。

「だったら、最初の打ち合わせの段階でちゃんと言えよ!」

なんていうセリフは言えるわけなく、
ひたすら我慢して働いていました。

まわりを見渡して比べてみても、
自己犠牲な生き方をしている人ばかりで
フツウだと思っていたし当たり前。

なにより何かに反論するって無駄なパワーを使うし、
面倒だったんです。

今思えば、昔からそういう子だったなぁ。

私は小さい頃からシャイガール

保育園ではいつも先生に抱っこをせがみ、
教室のすみで絵を描いているような甘ったれで愛嬌のない女の子。給食のときに向かいに座る男の子がふざけて、私の食べていたご飯にぶちまけられたとしても何も言えない。

そんな自分を出せないシャイガールは小学校でも変わらず。

授業中に手を挙げて発言するなんて死んでも無理。

「クラスで全員一人が必ず発言しましょう」と先生に言われても頭が真っ白。

つまり自分を出さないことが、
上手に生きていくために必要なことだと思っていたんですよね。

自分の世界に没頭するのが好きだった

落書きをしているときや、何かに没頭しているときって
めちゃくちゃ楽しくないですか?

私もみんなと一緒でそうなんですよ。

絵や裁縫、お菓子作りが趣味な母親の影響で、
私も絵を描くことやモノ作りなど自分の世界に入り込むことが大好きだった。

人にやらされることはイヤだったけど、
小学校でクラスメイトを登場人物とした漫画を描くと、
みんなが褒めてくれて、自分という存在が感じられる。

「自分が好きな絵を描く」と喜んでもらえていたんですよね。

 

みんなが喜びそうなことが何となくわかってたんですよ。

無意識に。

夢もなく、大学受験に失敗し引きこもる毎日

中学、

高校、大学のエピソード。
自分を出さないことがいい、みたいな

友達はそれなりにいたけれど、1人できることが変わらず好きだったので
放課後や休日は部屋に閉じこもって絵を描いたり、ゲームをしたり漫画を読んだり
『自分の世界に没頭できる』時間が楽しかったしラクでした。

「できることなら永遠にこの時間が続けばいい」

↑これで具体的なエピドートがあれば。

 

そう思っていましたが、

高校3年生になれば進路を決めるときがやってきます。

 

でも「将来の夢は?」と聞かれても

やりたいことはない。
ただ普通に楽しく生きたい。
キャンパスライフにキラキラした憧れもない。

みんなが進学するから、なんとなくで大学受験。

しかし、勉強に身は入らず第1志望だった大学は不合格。
かといって浪人する気もなく、滑り止めで合格した私立の女子大へ行くも、女子特有の人間関係にすぐ嫌気がさしました。

学校に向かう途中、親に電話で

「大学辞める」

とだけ告げ、半年で大学を中退します。

 

当然、親からは怒られました。

「せっかく高いお金を払って学校へ行かせたのに、何を考えてるの!」

今思えば当然のことですが、当時の私には全く理解できませんでした。

嫌だから辞めて何がいけないのか。

大学を辞めた私は、やりたいことも見つからずフリーターに。
バイトの時間になったら起き、帰ってきたら用意されたご飯を食べて、それ以外の時間は部屋に引きこもる。
親のすねをかじる典型的なダメなフリーターになっていました。

自分を表現できるってステキ

このままではダメだと思いつつも、やりたいことが見つからない…。

その時、ふと部屋に置いてあったファッション雑誌を見て

「コレだ!」

と思いました。

 

きっかけは、中学生の時に好きになったアーティストのaiko。
最初はもちろん歌から好きになりましたが、知れば知るほど考え方や生き方、ファッションに影響を受けました。

 

みんながみんな似たような服を着て、同じものを好きだと語り合う。

学生の時って特に「みんなが着ているから同じものを着よう」という精神ありませんでしたか?

世の中の常識を押し付けてくる。

理想な女の子のファッション

違うものを着ていると「ダサイ」と言われるから、人に合わせて同じ服を着ようってやつ。

その同調圧力がめちゃくちゃキライだったんですよね。

 

だけど、aikoは違いました。

少しダボッとしたジーパンにTシャツという格好をしてるのに、キラキラと輝いている。
テレビの中でギャルに囲まれているのに、『自分』というのものを表現していて堂々としている。

 

あいみょんを出した方がいいかも。

 

ファッション雑誌にはちょうどaikoがのっていて、服を作るのは難しそうだけど、雑誌をつくる仕事だったら絵を描くのに何となく似ているかもしれない。

デザインならファッションと同じように、言葉にしなくても自分という人を表現できると思い、デザイナーになることを決めました。

つまり、これって
結局じぶんを表現していますよね。

デザイナーってそれ?(專門にからめたタイトルを)

大学を辞めたことがきっかけで、将来がなんとなく見えてきたような気がしました。

デザインで自分を表現できる場をつくるために大学を辞めたと言い訳もできますし。

なんでつまんなくてやめたのかもエピソードもかく。

・専門時代の先生から言われた言葉
・あるある〜な情報を

しかし、専門学校でもコミュ障は発揮しまくり。

自分の好きなように紙面をデザインすればいいと思っていたけれど、雑誌を作るには取材に行ってお店の人にインタビューをし、原稿を書いて写真を撮ってデザインをしなければいけません。

写真や文章の配置を考えて紙面をデザインすることは楽しかったけど、取材をするのが死ぬほどイヤでした。一言も話したことがない人に、電話で取材のアポイントを取らなければいけなかったし、電話をしたところでどうやって話せばいいのか分からなかったんです。

クラスメイトはどんどん作業を進めていくので焦るばかり。

電話が全然かけられず「明日にしよう」と何日も思い、学校が休みの土日になるとホッとする。しかし、月曜日がくるとまた憂鬱に。
電話をかけるという最初の段階でひとりつまづいていた。

 

本当に雑誌を作りたい?
デザイナーになりたい?

せっかく見つけたデザイナーという職業でしたが、将来に不安を感じるように。

 

「雑誌制作の会社から求人きてるよ」

そう先生から求人を紹介してもらい、色々と悩むところはありましたが応募はしませんでした。
代わりに選んだ就職先は、黙々と作業ができそうなチラシを制作する会社でしたが、就職先のプロダクションでも最初はコミュニケーションの壁が立ちはだかります。

デザインって楽しくない みたいな就職エピソードに絡めたタイトル

クライアントの言うことを聞かなくちゃいけないし

 

入社して最初にぶつかった壁はやはり電話。

なぜ新人が出なくてはいけないのか。
なんでこんなに電話がなるのか。
得意な人が電話に出ればいいのに。

私は社会の取り決められたルールが、酸味がめちゃくちゃ強いブラックコーヒーくらい本当に嫌いでした。

・電話を取っても緊張で噛み噛み
・クライアントの名前も何度聞いてもまともに聞き取れない
・折返しのため電話番号を聞いても「名前を言えば分かるから」と言われる
・先輩には「なんでちゃんと電話番号を聞かないんだ」と怒鳴られる

美容院の予約の電話ですら嫌だというのに、先輩に日々電話のことだけで1日1回は必ず怒らる始末。

 

そして、入社してもう一つムカついていたのは先輩のだらしなさ。

先輩はイヤホンをして自分の作業に集中していて話しかけづらい雰囲気がむんむん。何か聞いても「それくらい自分で考えろ!」と言われ、自分で考えて進めたら進めたでミスが出て「なんで聞かないんだ!」と怒られる。

言う通りに作業したのに、なぜ怒られなくてはいけないのか。
理不尽な怒りは社内で誰にもぶつけることができず、我慢して働く毎日。

さらに、朝も早く出社し帰りは終電で帰宅する毎日で、体力には自信があったけれど、朝晩の満員電車にも働くということにも疲れ果て、コミュニケーションの面倒くささと、自分の成長に歯止めをかけるような職場の環境のせいで、半年で辞めたい病に。

それでも『最初に入社した会社は3年続けなければ、転職に不利になる』と、專門時代も就職してからも周りから耳にタコができるくらい言われていたのでストレスを感じながらも必死で働いていました。

もしかしたら3年続ければ、なにか変わるかも知れないという期待とともに。

終電まで仕事、給料も安い、休みもない
言われるままやってたから

作品という作品(自分を表現したもの)はできなかったエピソードを。
先輩のせいにしてもいいよ。

つまり、◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯(毎回メッセージでしめる)

いつになったら自分のスキなデザインができるんだろう

イヤな仕事、苦手なコミュニケーション、ムカつく先輩にも何とか慣れてきた3年目。コミュニケーションの問題とは別に、「自分の時間がなくなること」に悩むようになります。

  • 週休2日なんてめったにない
  • ほぼほぼ週6で働き続ける毎日
  • 友達と旅行に行く約束なんてできない
  • 夜に飲みに行く約束をしても仕事でドタキャンしまくり
  • 恋人にも「仕事とどっちが大事なのか」と言われる

友達も恋人も自然と離れていきました。

結局3年いてもストレスが減ることはなく、むしろ日々増える仕事量に比例してストレスも増えるばかり。

あまりのストレスから激ヤセで母親にガンではないかと疑われるほどでしたが、じつはデザイナーとしての成長に限界を感じていたのも原因のひとつでした

当時の先輩たちは、みんながみんな代わり映えしない仕事を、朝から晩までひたすらこなし働き続けて歳を取っているように見えました。

たしかに「続ける」ということは大切なことだが、このままでは自分を削ってまで働くことになる。働き続けた先に何も残らず希望が見えない。会社には「将来この人のようになりたい」と思えるような人がいなかったのです。

「自分の好きなことに時間を使えるようにしたい」

と、新たなる環境の変化を求め、デザイナーとしても人としても成長するため転職を決意。

コミュニケーションの面倒くささと、不自由な働き方から、私は解放されたかった。

 

服のブランドを選ぶ理由はそこ。
アイデンティティを選んで買ってる。
アパレルもグラフィックも一緒。
言われるままやるのがグラフィックデザインじゃない。
導入に入れてもいい。

転職先でもまた絶望。現実は甘くない

不遇な環境を変えたくて転職したっていうのに、想像とは全く違う現実が待っていました。

転職先の会社にはデザイナーが1人いましたが、わずか1ヶ月で産休に入りすぐひとりに。

 

いきなりのピンチ。

 

仕事も終電の時間まで働いていたし、休日出勤だって当り前。
残業代なんてついているのかいないのか、よく分からない。
言われた通りに作ったのに、イメージと違うと言われ作り直し。

気づけば新卒で入社した印刷会社と同じような待遇になっていました。

技術的なことはデザイナーが他にいないため、誰にも聞いても分かるわけがない。
そして、なにより最初はどうしてもコミュ障を発揮してしまい、言われるがままに仕事を引き受け、同時進行で動かしている案件が常に10件以上という状態に。

『転職した意味』があっという間に、音を立ててくれずれていきました。

転職するのはここの会社ではなかったと思い、わずが1ヶ月で辞めたいと社長に電話します。

 

「どこまでついてない。漫画の主人公だとしたら、そろそろラッキーな展開があってもいいのに」

いつになったらおどけず自由に自分らしい生き方ができるんだろう。

Nさんがいた

辞めたいと伝えたはずの私に、

「合わせたいデザイナーがいると」

と、デザイナー歴30年の、一人のフリーで続けている人の元に連れて行かれることになりました。いきなり社長にとあるデザイナーのNさんを紹介されました。

「辞めたい」って言ってんのに。もう。
30年ってすごいけど、ただのおっさんじゃん。

私のコバルトブルーのジャケットのような、突き抜ける青空が眩しい日。

わけの分からぬままそのデザイナーの事務所に連れて行かれたのだが、しかし、このデザイナーNさんとの出会いがのちのち大きな出会いとなります。

 

「もっと自分を出せ」と怒られた。
なんだよと怒りつつその通りにやったら、
インバウンドの作品とかたからモノの作品とかで自分のイラストが採用された。
自分の作品だって言えない。
ブランドで成り立っている。

当時のNさんの年齢は45歳。結婚していて3人の子供さんたちと暮らしていて、私も大好きな犬を飼っていたことで話がよくあいました。

私は新聞広告の制作を中心にやっていて、正直デザイナーのNさんは同じ紙媒体のデザイナーと言っても、入稿の方法や写真のことなど、聞いたことがすべて活かされていたわけではありませんでした。

しかし、Nさんとやりとりしているうちに、仕事とはまた別の『自分の未来設計』の部分で一目置く存在に。

  • いつ飲みに誘ってもいつでもOKと言ってくれる
  • 同じデザイン業界で忙しいはずなのに、常に余裕を感じる
  • お酒が好きで、好きなときに旅行にもよく行く

同じデザイン業界で働いているのに、この人はなぜこんなにも自由に人とコミュニケーションをし、好きな仕事だけ選んで仕事をして、好きなだけ時間とお金を使えるのだろう。

Nさんは、人間性(コミュ力)、時間、お金。←

私が持っていないものすべて持っていて、
まさに私がなりたい自分を具現化したような人だったんです。

前の職場で感じることのなかった「将来この人のようになりたい」と強く思うようになりました

 

自分らしいデザインをすることと一緒。私達の服選びは。
最悪ファストファッションを馬鹿にしてもいいかも…?

デザイナーの◯◯も言っていた。
とがってる女性デザイナーの方がいいかも。

 

 

そして、Nさんと関わりだして2年ほど経ったころ。

最近、仕事について感じていることを相談しました。

前の職場よりは休日や給料はまだよかったし、自分の能力以上の仕事を任されたりして楽しかったのだが、純粋なデザインプロダクションではないため、デザインとは関係のない仕事も増え、段々と苦痛に感じていること。

すると、Nさんから

「『時間、仕事、お金、人から愛されるコミュニティ』を作るんだけどまりなも入る?」

と話をされました。

コミュニティの内容は、
『本職(わたしの場合はデザイン)とネットビジネス』との
融合でした。

DTPデザイン以外に、ホームページのデザインや、オウンドメディアなどネットビジネスにも興味を持ち始めていた私は、何も迷うことなくそのコミュニティに所属することに。

将来を変えるために自分を変えた

信頼できるデザイナーNさんに誘われ、飛び込んだネットビジネスの世界。まずブログを構築し、SEOなど集客の基礎を学ぶところからスタートしました。

私以外のコミュニティメンバーは早々に3ヶ月で10万円の収益をあげていく中、私はたったの数千円。本業であるデザイナーとしての仕事が忙しく、思うように時間をさけず、成果も出ず焦りばかりを覚える毎日。

「将来のため」と思い必死に半年間は、夜遅くに帰っては睡眠時間を削り、ネットビジネスに没頭していたし、大好きだったゲームの時間を充てたりしていたが、それでもなかなか成果が出ず。

会社に遅刻はするは、仕事に集中できず余計な残業が増えるはで、自由な時間を求めていたのに逆になくなるばかり。

自分には無理なのかなと、正直辞めようかなと思ったことも何度もありました。

 

ネットビジネスは資本金の少なさ、リスクの低さが魅力的ですが、逆に言えば辞めやすい原因にもなります。

「お金がかかっていないから」
「成果が出ていなくても損はしていないし」
「本業が忙しいからしょうがない」

など、辞める理由はたくさん作ることができました。

 

しかし、今までの自分には戻りたくない

理想の働き方を求め、嫌なことから逃げ出し環境(周り)を変えるのではなく
『将来を変えるために自分を変える』という選択をしました。

 

過去の自分と決別し、決意を新たにしてから私のネットビジネスの精度は上がっていきました。

デザインだけでなく人生のメンターとなったNさんと、何度もチャットや対面コンサルを重ね、ついに9ヶ月目で月収30万円の成果が。「3ヶ月で10万円」というセオリーと比較すると3倍の時間はかかったけれど、達成したときはコミュニティのみんなが自分のことのように喜んでくれたし、本当に嬉しかったです。

また30歳で、年齢も性別も違う同じ目的に向かう仲間ができ、人生を変える選択ができたことは人生のターニングポイントに。

 

そして、月に100万PV以上、70万円以上の収益を生み出すことができるようになりました。1つの収入源に頼らざるを得なかった1年前の自分とは異なる今、ブログで身につけたSEOの知識をもとに、情報発信力も身につけ、

私はフリーのデザイナーとして独立しました。

愛情たっぷりの身勝手デザインが正義

プロダクション時代の仕事ももちろん大好きでした。尊敬できる社長や先輩たちも大好きで、よく色々なところへ飲みにも連れて行ってく、様々なクライアントを通じて色々な仕事もさせてもらったし、日々勉強になることばかりでした。

自分に自信がもてる作品も生まれ、
(デザインの成功話いれる)
私はフリーのデザイナーとして独立しました。

夢を語る…

ファッションブランドじゃないけど、生活の一部になるようなものを作る。

そのらめにフリーになりました。

自分の好きなことをやって喜んでもらえる=最高
(熱く語りたい。生々しさが伝わるように)

(後半は少しお金のにおいができるように)
最初の方に出てくるベネフィットを言い方変えて言っても◎
権威性のあることを出しつつ、
つまり、◯◯◯◯◯◯◯◯(こういうこと)ですって言う

身勝手なデザイナーになりたいのなら…
◯◯◯◯◯◯◯(こういこと)しましょう。
私からの情報を受け取りましょう

マネタイズしている方法(有料note)をメルマガでプレゼントしてもいい。
アクセスキーつけたりして

 

これからの時代にはも一個キャッシュポイント作ることが必要。
具体的な例を出して。
デザインに個室しない身勝手さもいいかも。
SEOで集客して収入源を増やす方法をどこかに入れてもいいかも…しれない

作品を所々にはさんでもいいかも。
失敗のやつと成功したやつ。

 

しかし、このままずっと代わり映えしない人生で終わるかもと思っていた1年前とは比べ物にならないくらい、今では好きな時に自由に仕事をし、趣味にも自由に時間とお金を使えるように。なんなら趣味に使っている時間の方が多いくらいです。

  • 毎朝、満員電車に乗って通勤しなくてもいい
  • 休日の休みが仕事でつぶれることもない
  • 友だちとも好きな時に遊ぶことができる
  • 時間や場所にこだわらず仕事ができる

会社員時代は時間、場所、お金、人間関係など、社会の制約にとらわれていたけれど、ネットビジネスが制約を取り払ってくれました。

 

小さい頃から集団生活が苦手でコミュ障。嫌なことからはすぐに逃げ出す。
しかし、それは何か新しいことを始める前から「失敗」を恐れていたり、結果だけを追い求めていたりで、自ら「変わるチャンス」を失っていただけでした。

私は人は嫌いではないし、むしろ誰よりも好きだと言える。だから、デザイナーになって、誰かの商品やブランドをよりよくしてあげて、喜んでもらいたいと思ったからデザイナーの道を選んだのです。

 

草間彌生さんもこう言っています。

私は自己表現と自己消滅を求めることにエネルギーを注いできた

 

よく「デザイナーは芸術家とは違う」「デザインは自己表現の場ではない」と言う人がいます。しかし、私はそうは思いません。

確かに、クライアントの意向を無視した、自分の好き放題したデザインは必要ないです。
でも、自己表現ができていないのに、誰かの言いたいことや伝えたいことは表現できません。

例えば、好きな人がいるのに好きだと伝えられない人に、告白の方法を聞こうと思いませんよね。

自己表現ができて初めて、クライアントとも本気でぶつかり合って、よいクリエイティブが生まれるのです。

だからこそ、デザイナーはどんどん自己表現ができるようになるべきですし、デザイナーは自己表現できる場をつくるべきだと私は思います。

自己表現できるデザイナーになりたいと思う人へ

私は、ネットビジネスで『将来を変えるために自分を変える』選択をし、自分を表現できるデザイナーとしての人生の可能性を大きく広げました。

ネットのインフラが整った現代において、ネットビジネスやSEO(集客)能力を手にしたことによって、自分に足りないと思っていたコミュ力不足が、逆に功を奏し、私をフリーのデザイナーとして羽ばたかせることになりました。

コミュ障だったけれど、私は言いたいことがなかったわけじゃない。

ただ、他人に評価されているような気がして、自分の意見を発言することができなかっただけ。

つまり、自分を表現する場所がなかったということです。

 

自分を表現するために、自分の好きなデザインをするためにコミュ力なんて必要なかったんです。

自分が自由であるための場所は自分でつくればいい。

それが今私の場合は、ネットビジネススキルで得た情報発信力とデザイナーの2つの道具です。

『デザイナーとしての将来が不安』
『お金と時間にしばられず、好きなデザインだけして生きていきたい』
『会社の人間関係で悩んでいる』

もし、そんな私と同じような人生に悩んでいる人がいれば私はこう伝えたい。

 

大丈夫。

 

コミュ力が必要と悩んでいた過去の私の荷物と同じように、あなたが抱えている荷物は、いつか大きな武器になる。自分が自分でいられる場所を作りましょう。私と一緒に。

 

現代は、インターネットの力を使えばフリーのデザイナーになりやすい時代になっていて、多くのデザイナーが自由になっています。

私のブログ・メールマガジンでは、フリーのデザイナーとして身につけるために必要なことを発信しています。

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